試合を「楽しむ」ことの裏にあるもの

競技を終えた選手から「楽しめました」という言葉が聞かれるようになったのは、いつのころからだったでしょうか。

記憶に残るところでは、1996年アトランタ五輪の競泳女子・千葉すずが印象的でした。

その4年前、1992年バルセロナ五輪でメダルに届かなかった当時16歳の千葉は「メダルを取らないと評価されないような周りの空気がプレッシャーとなり目標を失った」と話しています。

そんな不本意を繰り返したくない!・・・と、アトランタでは「とにかく楽しみたい」と自分に言い聞かせ、競技後は「気持ちよく泳ぐことができました」とコメントしています。

が、この言葉を口にするには、状況が悪すぎました。同五輪での競泳陣は、メダルなしに終わり、主将の立場にあった千葉の「楽しめました」には、少なからず違和感があり、期待をこめて応援する側にとっても、それはないだろ! とイライラを募らせたことを覚えています。

競泳など夏季五輪の伝統的な種目とは別に、冬季五輪のスノーボード系各種目などは、もともと「遊びを楽しむ」というところからスタートしています。そこから競技に昇格しても、欧米選手たちの“遊び方”“楽しみ方”には、一日の長があるように思います。

国際舞台でのナショナリズムにあって近年、日の丸を背負った日本人選手がプレッシャーに押しつぶされるというようなことは少なくなりつつありますが、それでも、競技を遊びの延長線上と位置づけ、楽しみながら力を出し尽くす、というテーマは、日本人選手にとって苦手な部分なのでしょう。

やはり「いい結果」がないと・・・

批判の対象となった千葉の発言から長い年月を経て、この「楽しめた」が違和感なく受け入れられていたのが、5月25日、ベトナム・ホーチミンで行われたサッカーの女子アジア・カップを制した日本代表「なでしこジャパン」勢でした。

同日の決勝戦でオーストラリアを下して初優勝。先制ゴール(これが決勝点となり1-0の勝利)を頭で決めたDF岩清水梓(日テレ)を初めとする勇者? たちは、一様に笑顔を見せ「楽しめました」という言葉を口にしていました。

スポーツが勝ち負けで競われる以上、やはり「楽しめた」には「力を出し尽くした末のいい結果」がついて回ることになります。

もっとも、ジュニア層のスポーツに関しては、勝ち負けは二の次にして、まず楽しみながら全力を尽くすことが第一、という教育的な指針も掲げられます。

が、それはそれでいいとして、五輪などの国際舞台での戦いは、メダル至上主義、とは言いませんが、まず結果が求められ、それが「楽しめた」末のものなら、なおいい、よくやったネ、と素直に拍手を送ることが出来ます。

梅雨入りして3日目の6月7日午前、雨降りが続く日本の鬱陶(うっとう)しさを吹き飛ばすように、米国フロリダ州から朗報が届きました。

サッカーのW杯ブラジル大会の開幕を目前に控え、当地で合宿を行っている日本代表の最後の試合、ザンビア代表との親善試合に4ー3で勝利した、という「いい結果」です。

ザッケローニ監督は、試合開始早々に先制点を許してしまった試合の“入り方”にご不満の様子でしたが、この逆転勝利で6月14日(日本時間同15日)のW杯1次リーグ初戦に向けて弾みがついたことは確かでしょう。

この調子で日本代表勢には、いい結果を出しつつ、思い切り「楽しんで」戦ってもらいたいと思いますネ。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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