変貌する“夏の風物詩”浴衣感覚

この週末、時折、小雨がまじる鬱陶(うっとう)しい梅雨空の下、街中では浴衣(ゆかた)に身を包んで歩く若い女性を多く見かけました。

私が住む藤沢市(神奈川県)のJR東海道線「藤沢」駅から下って3駅目が「平塚」駅ですが、この時期の同市は、宮城県仙台市、愛知県安城市、と並んで“日本3大”とされる七夕祭りを開催しており、若い女性たちは、それぞれの浴衣姿を競い合って「浴衣でデート」といった感じでした。

7月7日の七夕祭りは、こと座(ベガ星)とわし座(アルタイル星)が、その日に接近することで織女星と牽牛星の年に1度の逢瀬、とロマンチックに行事化されていますが、それにあやかって、浴衣の全国団体である「日本ゆかた連合会」が1981年(昭56)に、この日を「ゆかたの日」に制定しています。

七夕の起源は、織物の上達を願う中国の宮中行事「乞巧奠(きっこうでん)」にあった、と言われています。その日、婦人たちは、祭壇に針をささげ、庭にはむしろを敷いて酒、さかな、果物などを並べ、星を眺めて織物が上手になるように祈ったそうです。

こうした手芸、裁縫の上達を祈願した「乞巧奠」にちなんで「ゆかたの日」は制定されていますが、そうした普及への努力が実ったのかどうか、街中にあふれる浴衣姿の女性たちを見て、浴衣の地位も上がったものだなァ、とつくづく思います。

ド肝を抜かれた“花魁ふう”の着付け!

浴衣が「湯帷子(ゆかたびら)」の略称であることは、よく知られていることです。資料によると「湯帷子」は、木綿が幅広く普及する江戸時代の前まで、沐浴時に使用された麻素材の衣、のことです。

その後、木綿の庶民階級への普及に伴い、浴衣は入浴後の汗取り、風呂上がりのくつろぎ着、と文字通り“入浴時の衣”として用いられます。

従って浴衣は「下着(肌着)」的、あるいは「寝巻き」的な要素が強く、原則として、自宅周辺での夕涼みに、近隣の散歩に、といった程度が、浴衣着用時の“マナー”と認識されていました。

・・・が、昨今の浴衣は、七夕祭りに、花火大会に、と自宅周辺どころか、遠方に、人の集まるところに、とどんどん飛び出し、それが“夏の風物詩”として当たり前となり、和装へとその地位が向上しつつあります。

それはそれで、今の時代感覚がそうさせているわけで、別にうるさいことを言うつもりはありませんが、それにしても・・・いや、本当にビックリさせられた出来事に出くわしました。

街中を向こうから大股で歩いて来た長身の女性の浴衣姿は、何と片方の襟を肩までずらし、胸元を大きく開けた、ギョッとする着方だったのです。

ド肝を抜かれたまま、行きつけの「呑み処(どころ)」に向かうと、先客で〈ありの~ままにィ~〉と歌っていた浴衣姿の女性は、片方どころか両肩を思い切りずらして開き、おまけに帯の結び目が前に来るという、信じ難い着方をしていました。

その女性によると、着付けどころで注文したのは、何と“花魁(おいらん)ふう”に・・・だったとのことでした。

いったいどうなっているのでしょうか。本人の自慢げな“どや顔”はともかく、本当にそんな注文をするものなのか、そんな姿で街中を平気で歩くのか、こちらの常識を大きく飛び越えた感覚には、戸惑うばかりとなりました。

「っていうかァ、それって超遠距離恋愛?」「マジ~耐えられない」-とてもとても“針仕事”などには縁のなさそうな、花魁ふう、には、織女星も牽牛星も、あっけにとられて空を曇らしてしまうことでしょう。

あ~あ、です。まったく!
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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