“邪道”ワールドと現代社会

だいぶ前の話になりますが、プロレスラーで元参議院議員の“邪道”大仁田厚(56)が、41歳で“高校生になった”という出来事がありました。

1994年(平11)4月のこと。駿台学園高校(東京・北区王子)の定時制第3学年編入試験に合格してのものでした。

出身地・長崎の桜馬台中学を卒業後、進学した高校を3日で自主退学した大仁田は、自転車で日本一周の旅に出ています。その後、プロレスの世界に入りましたが、講演会で接した高校生たちと同じレベルで話し合いたくなった、というのが、41歳で高校に入り直した動機でした。

教室に入る最初の日、数々の過激な電流爆破デスマッチをこなしてきた“涙のカリスマ”も、さすがに気後れし、ドアを開けられなかった、と言います。

〈今どきの高校生がオレをどう見るか〉

が、そんな気持ちが一瞬にして吹っ飛んだのは、垣根をつくらずに輪に入れてくれた同級生たちの熱い仲間意識だったそうです。

〈オイオイ、こいつら、やるもんじゃないか!〉

そのお礼、恩返しとしては、いささか過激すぎる気もしましたが、1年間の高校生生活を終えて卒業のとき、母校の体育館で大仁田がやってのけたのが、卒業記念プロレス「有刺鉄線デスマッチ」でした。

卒業式の過激デスマッチが意味するもの

いやはや・・・高校の体育館に椅子が飛び交い、机の乱打で破片が飛び散ります。取材に当たっていた私が、真っ先に感じたことは、この遠慮のない流血イベント、大仁田の邪道ワールドを学校、PTAがよくぞ、許可したものだなァ、ということでした。

大仁田の過激なバイオレンス・ワールドが、現代社会に放つメッセージは、常に「力を持たないものの勇気~弱者への応援歌」でした。体制、組織からはみ出したヤツはどう生きるんだ! 体が小さいヤツはどう胸を張るんだ! 

〈オイオイオイオイ・・・みんな! 自分のやってることに自信を持てよ! くじけず、まっすぐ、生きようぜ!〉

だから、大仁田興行の後楽園ホールは、いつも熱気に満ち、ひざの慢性的欠陥でサンダー・ファイヤー・パワーボムの高さがもう、なくなってしまっても、革ジャンを着た車椅子の少年は、盛大な歓声と拍手を送り、大仁田厚になって胸を張り、帰路につくのでした。

41歳の大仁田が高校の体育館でやってのけた前代未聞の課外授業の是非は、それを受け止める側の心が決めることでしょう。厚い壁に立ち向かう勇気と仲間へのいたわり・・・。すさまじい熱気に触れた高校生たちは、そこに何を感じたか・・・。

それにしても・・・です。奇しくも大仁田の出身地・長崎で起きた、衝撃的な佐世保高校1年生の同級生殺害事件には言葉も出ません。

背景に加害少女の生活環境の問題、学校教育の問題などがあったにしても、信じ難いのは、こういうことが度重なって~長崎・佐世保市では平成16年6月に同級生による小6女子殺害事件が起きています~起きる社会になってしまった、ということでしょう。

“熱血”大仁田の古い話をこうして思い出したのは、この救いようのない凄惨な事件に接したからでしたが、増え続ける若年層の殺人事件とともに現代社会の歪み、教育の再考、という課題は、これからの日本に重くのしかかってきそうです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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