国立大卒ボクサーの胸の内

日々、暑さが続く中、8月2日付のスポーツ新聞各紙にボクシングのプロテスト合格者(8月1日発表)が掲載されました。

JBC(日本ボクシングコミッション)が7月31日(東京・後楽園ホール)に行ったC級プロテストの結果を受けてのもので、注目を集めた「東大卒・公認会計士」の肩書きを持つ柏野晃平(26=川崎新田)も合格者に名を連ねていました。

そういえば柏野が所属する「川崎新田ジム」(川崎市多摩区登戸)を率いる新田渉世会長(47)も、横浜国立大2年時の1987年5月にプロデビュー、1996年10月に東洋太平洋バンタム級王座を獲得し、国立大卒初のチャンピオンとして話題となったものでした。

横浜国立大卒の新田会長がこれから、東大卒で現役公認会計士という異色ボクサー・柏野をどう育て上げるか、が楽しみとなりましたが、こうした話題に触れるにつけ、思い出されるのが、あの「本道栄一(セキ・ジム=当時)」です。

今は亡き関光徳会長が、本当に困惑した顔で頭を抱えてしまったのは、1988年(昭63)春のことでした。

セキ・ジム(東京・品川区大井)に当時19歳、東大理科Ⅱ類に在学する現役東大生の本道クンが入門を志願してきたのです。

その前年にプロデビューした新田会長らとともに当時、国公立大学生や私立大医学部学生など、エリートの道を歩む学生ボクサーはまだ、ハシリの存在であり、関会長の苦悩? は「将来の日本を背負って立つ若者をボクシングなどでつぶしてしまっては申し訳が立たない。出来れば辞めてほしいのが本音です」というものでした。

が、この秀才は、頑張ります。入門後、約8カ月でプロテストに合格、その年の秋にプロデビュー(4回戦)を果たし、1回KO勝ちを収めてしまいます。続く第2戦もKO勝ち・・・“赤門ボクサー”の出現に周囲は色めき立ったものでした。

精神的ハングリーを自ら求めて・・・

私が当時、彼を取材したときの模様が、古い取材ノートに残されています。その一問一答。

-なぜボクシングを?

「高校(東京・開成高)時代は、ラグビーをしていました。だけど団体競技は合わないことがわかって2年のときに辞めました。ボクシングを選んだのは、自分の意志に挑戦してみたかったんですね」

-自分の意志に挑戦?

「高校卒業後、一浪して東大、東京理科大、早大(政経、理工学部)、慶大を受験して全部、合格しました」

-ウ~ン、それは凄いね。で?

「頭の方はだいたい納得できる結果が出たと思いました。後の課題は、自分の意志はどうか、ということです。自分が楽な状態にある中では、意志の強さなど分からないでしょう。だから、ボクシングというスポーツの中でドロ試合になって“もうダメ”というところからどれだけ前に出られるか、を試したかったですね」

なるほど・・・。ボクシングという厳しいスポーツは、根本にハングリーなものがないと、なかなか成し遂げられないでしょう。が、世の中が次第に豊かになり、かつてあった物質的ハングリーが薄らぐにつれて、本道クンのように、自ら精神的ハングリーを求めてストイックに彷徨(さまよ)う若者が出現するのかもしれません。

以前にこの欄で、本道クンの話題に触れたとき、本道クンを知る方から、彼は今、名古屋大学の教授をしていますよ、とのコメントを頂きました。

もはや、本道クンではなく、指導する立場となった本道教授は、若き日にリング上で得たものを、存分に発揮されていることと思います。

そして・・・今はそれほど珍しくなくなった国立大学生、あるいは国立大卒のプロボクサー群の中、柏野がプロデビューする9月17日(ライトフライ級4回戦=予定)が楽しみになりました。
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教授は女性教員にハラスメントをして所在不明。
プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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