最強・吉田がつかんだもの

モスクワ(ロシア)で開催中の「世界レスリング選手権」から朗報がもたらされました。現地時間9月9日の第4日、女子55キロ級で“女王”吉田沙保里(27=綜合警備保障)が優勝、この大会8連覇を飾った快挙です。

日本で熱戦を展開中の「世界柔道選手権」(東京・国立代々木競技場)からも目が離せませんが、こちらは前回大会(ロッテルダム=オランダ)で金ゼロ(男子勢)と、日本の「柔道」が世界の「JUDO」に支配されかかる危機の中、本家の名誉回復に懸命の情勢。それに対してレスリングの女子勢は、エース・吉田を軸に世界を支配の気迫が伝わってきて頼もしい限りです。

吉田に話を聞いたのは07年1月に開かれた「全日本選手権」(東京・駒沢体育館)のときでした。無敵の強さを支える果敢な攻撃力と最大の武器である高速タックル。このタックルはレスリングを始めた3歳時から元全日本覇者の父・栄勝さんに伝授された“魂”ですが、このとき吉田は「知り尽くされ、研究され尽くされた中でどう決めるかの難しさ」を口にしていました。

それから1年後の08年1月、中国・太原(北京)で開催された国別対抗戦「女子W杯」で吉田は敗れます。一次リーグ第2試合のバンデュセン(米国)戦。吉田は終始、攻めまくりながら、強敵とはいえない相手のタックル返しに微妙なポイントを奪われての敗戦でした。

続けてきた連勝が「119」でストップ。それも“魂”を返されての敗戦。「団体戦で油断があった」(吉田)にしても、この年は五輪(北京)イヤーでもあり、その幕開けでの敗戦ショックは尾を引き、大会を終えて帰国した成田空港でも泣き崩れた吉田の痛々しい姿は、接する人々の胸中をも痛めたものでした。

敗戦が広げた“幅”

その後、吉田は当初、出場する予定がなかった同年3月の「アジア選手権」(韓国・済州島)に出撃し再起、優勝を果たします。この大会、滑り出しの1~2回戦はそれこそ初陣に臨むルーキーのような心理状態。「恐怖で腰が引けてタックルに行ける距離が取れずにいた」そうです。

敗戦、号泣、逡(しゅん)巡、再起、そして復活・・・。苦しみ、もがく中で吉田が得たものは、ただひたすら進化。前へ前へ。相手が研究するなら、その上を行く研究・・・でした。

吉田の今回の快挙を伝える9月11日付の新聞各紙は、その強さをそろって「攻撃の緩急」と指摘していました。研究されて簡単に飛び込めなくなったのなら、飛び込むためにどうするか。揺さぶる、崩す・・・つまり、これまでの直線的な攻撃に加わった横への揺さぶり。そして最後は正面からズバッと決める正攻法のタックル。

残念にも王座は奪われましたが、プロボクシングの前WBC世界バンタム級王者・長谷川穂積(真正)が“KOアーチスト”と称されるのは、倒すに至るまでの駆け引き、揺さぶりの巧(たく)みさが芸術的でもあるからです。

その域に達したともいえる吉田の優勝ですが、悔しさのどん底から何かを掴んで這(は)い上がって来るものの強さ、やはり“負けを生かしたものは強い”とつくづく感じます。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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