先駆者の勇気を心に!

近づく9月20日の土曜日-。“聖地”さいたまスーパーアリーナが、格闘技ファンの熱気で包まれそうです。

そうです! 米総合格闘技リング「UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)」の日本上陸。「UFC JAPAN 2014」(大会の模様はWOWOWが9月20日午後2時30分から生中継)の開催ですね。

UFCの日本開催は、同リングを「ズッファ社」(ダナ・ホワイト代表)が運営するようになって以降、2012年の初開催から3年連続となります。

今回参戦する秋山成勲(39=ウエルター級戦)や五味隆典(35=ライト級戦)ら日本人ファイターが、格闘技興行を渇望する目の肥えた日本人ファンを、どれだけ納得させる戦いを見せられるか、注目されるところです。

ところで・・・日本での「UFC」興行というと、懐かしく思い出されるのが、1997年12月21日(神奈川・横浜アリーナ)の初開催でしょうか。

現在のズッファ社が運営する前、SEG社時代のUFCで、日本開催は「UFC-J」が運営しており、大会には安生洋二、桜庭和志の日本人ファイターが参戦。ヘビー級トーナメントに出場した、当時27歳、キングダムの精鋭・桜庭が、決勝でグレイシー柔術のM・コナンを電光石火の腕ひしぎ逆十字固めで下し、大金星となる優勝を成し遂げてしまったのです。

これも長い歴史の中の忘れられない出来事ですね。

なぜ恐怖のリングに向かったか?

歴史を彩る1ページ! を言うなら、大道塾の空手家・市原海樹(みのき)の名をないがしろには出来ません。

UFCの第1回大会は1993年11月、米コロラド州デンバーで開催されていますが、この金網に囲まれた8角形のリング(オクタゴン)での、バーリ・トゥード(ポルトガル語で“何でもあり”の意)ルールによる異種格闘技戦は、グレイシー柔術が企画、ホイス・グレイシーの実兄ホリオン・グレイシーがプロデュースしており、戦略通り、ホイスを優勝させています。

ちなみにこの年の4月、日本では立ち技打撃系のK-1が発足しています。

旗揚げ当初のUFCは、参戦する選手たちが、バーリ・トゥード・ルールの意味もよく飲み込めず、それこそ暴力と紙一重、ケンカさながらの激闘が展開されたといいます。

その第2回大会(1994年3月=米コロラド州デンバー)に日本人として初参戦したのが市原だったのです。

トーナメント1回戦の市原の相手は、よりによって第1回大会覇者のホイスとなり、グラウンドに持ち込まれた後、関節技を決められ、市原は悔しい1回戦敗退となりました。

・・・が、この勇敢なサムライに思うことは、試合の結果などではなく、この恐怖のリングになぜ、立ち向かったのか? ということです。

市原とオクタゴンを結ぶ“橋渡し役”となった作家の夢枕獏氏は、そのリポートの中でこう記述しています。

〈試合前の恐怖感が大きければ大きいほど、その領域に踏み込むための門は狭くなり、領域の頂は高みを増していく。人は他人によって選ばれるのではない。自らが自らを選ぶのである。市原はすでにそういう領域に足を踏み入れていた〉

読んでいて、まさに「鳥肌が立つ」ような、身を切る緊張感が漂いますね。

先駆者が志を高めるということは、こういう状況なのでしょう。

何ごともそうなのですが、未知の領域に初めて踏み込んだ先人の勇気・努力は、後を受け継ぐ者たちも、常に意識の中に入れておくべきものだと思います。

今回の9・20の日本興行でも、日本人ファイターたちは、市原魂を心に宿らせてファンを熱狂させてもらいたいものですね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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