“戦慄のひざ小僧”の引退は寂しい

さて・・・米総合格闘技リング「UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)」の日本上陸「UFC FIGHT NIGHT JAPAN 2014」(9月20日=埼玉・さいたまスーパーアリーナ)はどうだったでしょうか。

会場のある「さいたま新都心」駅を降りて私が感じたものは、大混雑の中で久々に味わう、格闘技ファン独特の熱気でした。

“独特の”とは、熱い情熱を表に出さず、内に抑え込んだ熱気、とでもいいましょうか。格闘技ファンには、不思議にこういうものが漂いますね。

ほぼ満員と言っていい会場の雰囲気もなかなかのものでした。メジャーのリングが消えて久しい国内格闘技界にあって、ファンはやはり、この種の熱気に飢えているのかもしれません。

オープニング・マッチを含んだ全12試合中、日本人選手が10試合に登場する大サービスの大会でしたが、その結果も6勝4敗の勝ち越しとなり、試合終了後の会見では、ジョー・カーUFC国際戦略事業統括本部長が、2015年の日本開催を含むアジア戦略に力こぶを入れていました。

そうした明るい話題に包まれた日本開催にあって大きな衝撃は、あのヴァンダレイ・シウバ(38=ブラジル)の引退が明らかになったことでした。

UFC活況の裏で・・・

ウエルター級戦(5分3R)に出場した秋山成勲(39=チーム・クラウド)が、2年7カ月ぶりとなるこの復帰戦に判定勝ちし、試合後の会見で「今後は誰と戦いたいか?」との質問に「あこがれの選手ですから」とヴァンダレイ・シウバの名を挙げたとき、奇しくもシウバは、自身の公式ホームページで引退を表明していたのでした。

UFCとの確執が原因とみられ、シウバは「戦う望みを絶たれた。とても悲しい日だ」とコメント。それはシウバだけでなく、多くのファンにとっても悲しい出来事になってしまったのではないでしょうか。

思い出されますね。シウバが一躍、脚光を浴びたのは2001年3月25日に開催された「PRIDE-13」(さいたまスーパーアリーナ)でした。

それまでPRIDE6戦5勝1無効試合の無敗男が、グレイシー・ハンターで大ブレイクしていた絶好調の桜庭和志(当時31=高田道場)と激突することになったのです。

当時のシウバは、ほぼ無名の選手。名づけられた「戦慄のひざ小僧」が、打撃の強烈な破壊力をイメージさせ、世界の桜庭超えでその名を響かせようとのハングリーな野望があり、桜庭といえどピンチ! の予感が漂いました。

試合は壮絶なものとなりました。開始直後からシウバのパンチ、ひざ蹴りを容赦なく受けた桜庭が、血だるまとなり、1R1分38秒、レフェリーストップによるTKO負けとなったのです。

この試合の明暗は、PRIDEミドル級の主役の座を交代させ、桜庭がここから下降線をたどっていったのは、すべてシウバの打撃による、心身の戦意喪失にあったように思われました。ちなみに桜庭は、その後、シウバと2戦しており、計3戦全敗で歯が立たずとなっています。

・・・そのシウバの引退表明! 戦慄のひざ小僧の打撃戦は、常に流血が避けられない凄惨な結果をもたらしましたが、シウバ自身は「リスペクト出来ない相手とは戦えない。リスペクト出来るからこそ殴れるんだ」と、格闘家として真摯な姿勢を崩さない男でした。

その言葉が、今でも記憶に残っています。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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