引き際の美学・考

男子フィギュアスケート界の重責を担って活躍してきた高橋大輔(28=関大大学院)が10月14日、現役引退を表明しました。

その模様を報じた10月15日付のスポニチ本紙で、取材に当たった担当記者は、9月中旬に引退を決断した、という高橋の、そこに至るまで「時間がかかるかな、と思ったけど。どこかにその気持ち(引退)があったのかな。(略)スッキリしている」というコメントを伝えていました。

引き際の決断-。

それは、第一線で活躍するスポーツ選手には、いずれ必ず訪れる、避けては通れない難題でしょう。

体力の限界、気力の衰え、後進の台頭など・・・岐路に立った自分を冷ややかに見つめられる、もう一人の自分がいないと、なかなか踏み切れない問題だけに、決断に至るまでは悩み多い日々となります。

決断へのモノサシとして、例えばプロボクシング界では「悔いを残しているかいないかでしょうね」と、元世界王者の浜田剛史氏(帝拳プロモーション代表)は言います。

世界に挑戦して敗れたボクサーが、力を出し切ってのものなら「仕方ない」と、自らに引導を渡すだろうし、出せなかった不満があるなら「もう一丁! まだやり残したことがある」と、続行を考えるだろう、ということです。

長い間、多くのボクサーを見てきた帝拳ジムのマネジャーを務める長野ハルさんの「負けたとき、負けた理由が分かって、それが希望につながるなら再起する。つながらなければ絶望的となる」との言葉は、決断のモノサシを言い当てているように思います。

自分で自分をどう始末するか?

進退に関して「高田延彦型ですか?」あるいは「船木誠勝型ですか?」というのは、私が考える、それぞれの「生きざま」です。

この2人の格闘家は、かつて、ともにグレイシー柔術のヒクソン・グレイシー(ブラジル)と戦い、敗れていることが共通項としてあります。

高田は1997年10月11日の初戦、翌1998年10月11日の再戦、と2度戦い、いずれも敗戦。当時パンクラスの船木は2000年5月26日に戦い、裸締めで絞め落とされて敗れました。

注目すべきは、戦いの後、です。船木は、敗れた直後、そのリングで「まだやれるのに」「惜しい」の周囲の声に背を向けて、アッと驚く引退の表明となりました。

一方の高田は、ヒクソンに2敗後、2000年1月30日にヒクソンの実弟ホイス・グレイシー(ブラジル)と戦い、この試合を「バーリ・トゥード路線の卒業式」として試合後の引退を決意していましたが、判定負けした後、まだやり残していることがある、と引退を撤回、現役の続行を表明しました。

引退を即決した船木は、その後、映画俳優に転身、俳優としての評判もよく、まさに引き際の潔さを絵に描いたような格好良さとなりました。

一方、現役続行にこだわった高田のその後は、平成の格闘王の誇り高き称号も、もはや“元”をつけざるを得ない格好悪さでリング上をのたうち回りました。

「格好良すぎるのもどうもね~」「格好悪いのが格好良いじゃん」-周囲の声はさまざまだし、どちらの型を選ぶかもまた、さまざまです。

・・・が、高橋も含めて、引き際に際しての美学があるなら、それは自分の内面の問題、煩悩にのたうつ自分を自分で始末する勇気の出し方、ではないかと思います。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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