映画「砂の器」を観(み)て・・・

全国展開で過去の名作を上映している「第2回 新・午前10時の映画祭」(2014年4月5日~2015年3月20日)は、私が住む湘南エリアでは、神奈川県平塚市の映画館「シネプレックス平塚」が開催しています。

11月前半の上映作品は、松本清張原作の「砂の器」(野村芳太郎監督=松竹)で1974年(昭49)10月19日に公開された名作です。

日程表を見ると11月14日が最終日。これは見逃せない! とその日、映画と落語好きのいつもの友人とともに平塚に向かいました。

この作品、もちろん原作を読み、映画もご覧になった方々は多いことと思います。いやはや、凄い映画でした。終了後、しばらくは言葉を失った、という感じで頭の中が空白となってしまいました。

〈宿命〉とは「人間の意志では変えることが出来ない運命的なもの」と辞書にあります。消せない宿命を背負った少年が、やがて世に出て成功し、消せない宿命を消さなければならなくなったときに起きた悲劇・・・松本清張が描く犯罪ワールドは、あくまで重く、人の誰もが持っているのかもしれない暗い殺意にやりきれなさが漂いました。

警視庁捜査一課の今西“丹波哲郎”栄太郎刑事の執念の捜査は、国電・蒲田操車場内で男の殺害死体が発見されたことから始まります。

周辺の聞き込みにより、殺された男が前夜、連れの男と蒲田駅近くのバーにいたことが判明。そのとき口にしていた「カメダ」という言葉を唯一の手ががりとして、今西の心身をすり減らす活動が開始されました。

収穫なしに終わった秋田県の「羽後亀田」から一転、島根県の「亀嵩」へ。やがてその地で浮かび上がった、当地の駐在所に勤務していた島根県警・三木“緒形拳”謙一巡査と、本浦“加藤嘉”千代吉&本浦“春日和秀”秀夫(成人して和賀“加藤剛”英良)父子のつながり。蒲田操車場内の男の死体が、その三木であったことも・・・。

寅さんにも・・・もう一つの宿命

そして第2、第3の殺人事件-。

後に音楽家として名声を得た和賀は、少年時、ハンセン氏病の父とともに村を追われ、過酷な放浪の旅を余儀なくされ、たどりついた亀嵩の地で三木巡査に保護され救われる、という一時期を持ちますが、大成した今、過去を知る者は、たとえ恩人であろうと・・・消せない宿命は、消すことが出来たか?

「宿命」をテーマとした演奏会で和賀が、自らの苦悩の人生をピアノに叩きつけているとき、この難事件の解明にやっとたどりついた今西と若い吉村“森田健作”正刑事は、舞台裏から和賀に、刑事として鋭い、人として悲しげな、視線を向けるのでした。

この映画を観(み)終わった後、夕方から、松竹で数々の映画製作に携わった大嶺俊順監督を初めとする湘南在住の映画人の集まりが、平塚とは隣の茅ケ崎であり、参加させてもらいました。

飲みつ、喋(しゃべ)りつ、のにぎやかな雑談の中、観終わった「砂の器」で渥美清(1996年=平8=8月4日逝去)が、映画館「ひかり座」の支配人役という端役で出演しており、渥美清ともあろう俳優がこんな役柄をよく承知しましたねえ、という問いかけを大嶺監督にしてみました。

「砂の器」が製作・公開された1974年は、1969年にスタートした寅さんの「男はつらいよ」シリーズが既に軌道に乗っており、吉永小百合をマドンナとする13作目「男はつらいよ~寅次郎恋やつれ」、十朱幸代をマドンナとする14作目「男はつらいよ~寅次郎子守唄」の2本が公開されています。

大嶺監督によると、渥美清という俳優は、寅さん役が定着しつつも、さまざまな役をこなしたいという気持ちを持っていたそうですが、やはり、そのイメージを超えることは難しくなっていた、とのことでした。

寅さんではない「渥美支配人」が登場したとき、そんな場面ではないのに客席から“クスッ”が聞こえたのは、シーンを問わず、そこにいるだけで寅さんになってしまう、という苦悩を表していたようにも思えました。

これも俳優としては、つらいことかもしれませんね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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