まず“意識の改革”から始めたい

USLPGAツアーの2015年シーズンは「コーツゴルフ選手権」(1月31日=日本時間2月1日=最終日、米フロリダ州オカラ=ゴールデンオカラ・クラブ)で幕を開けましたが、今季も同ツアーの中継に力を入れるWOWOWが開幕前、本格参戦3年目を迎えた有村智恵(27)のインタビューものを放送していました。

有村は2013年シーズンから、上原彩子(29)とともに主戦場を米国に移しましたが、2年目の2014年シーズンは、16試合に出場して半分の8試合に予選落ちするなど低迷、賞金ランク106位で2015年シーズンのシード権を失っています。

「・・・それでも米国でやりたい」-苦悩する有村は、日本のツアーでは考えもしなかった、自分のゴルフを見失った原因として「やっぱり環境の違いが大きい」と話していました。

世界の強者たちが競い合う米国で試してみたい、と自分を高みに押し上げる理想と、一方、ゴルフの試合をする前に立ちふさがる現実-。それは広大な北米大陸各地を転戦する、時差あり、天候の激変あり、トラブルあり、の心身の消耗だったり、宿泊先の手配、キャンセルなどのわずらわしさだったり、ツアー生活にはつきものの、そうした“雑事”に慣れないうちは、試合どころではないでしょう。

小林浩美(現・JLPGA会長)が、米国で戦い始めたのは1990年シーズンからでした。1年目に新人賞を獲得したものの、初優勝するまでには4年(1993年=JALビッグアップル・クラシック)を要しています。

低迷を続けたのは、米国用のスイング改造に取り組んだこともありましたが、他人任せが当たり前だった移動や宿泊の手配など“雑事”を、自分の手でこなせるようになった途端、遠かった試合での優勝が近くなった、という経緯がありました。

“お客さん”の意識があっては勝てない

つまり、通訳なしで、言葉も話さなくてはならない、電話もしなくてはならない、やっかいな航空機の確認、乗り換えもしなくてはならない、これらをすべて自分でやるということは、単なるツーリストではなく、米国人になって環境に溶け込む、とういうことです。

男子プロの青木功ら先駆者が、日本からいきなりやってきて勝てるところではない、と言う意味は、こういうことなのですね。

1987年に米ツアーで初の外国人賞金女王となった岡本綾子は、自著「メモリアル・グリーン」でこう記述しています。

〈(略)そりゃ、初めから英語が分かったわけじゃないし、習慣の違いもある。(略)最初のうちは、次の試合へのエントリーだとか、レンタカーや飛行機のチケット、ホテルの予約など、代わりにやってもらったりもしましたが、要は慣れ。日常生活で必要なことは、すぐに自然に自分でできるようになりました。(略)〉

米国で戦うということは、要は試合以前にこれがあり、これに慣れて初めて試合があり、他選手との意志の疎通ができて初めて優勝も近づく、という段階があるのでしょう。

日本ではトッププレーヤーだった有村の、恐らくこのあたりが原因なのではないか、と思われる苦悩は、だから、もう少し時間がかかるのかもしれません。

有村は開幕戦に続き、第2戦の「ピュアシルク・バハマ・クラシック」(現地時間2月5日開幕、バハマ・パラダイス島=オーシャンクラブGC)も、予選会(マンデー・トーナメント)を通過できず出場できませんでした。

一方、開幕戦に出られなかった横峯さくら(29)は第2戦、欠場者が出たため、ウエーティング(出場優先順位)1位から繰り上げ出場が決まりました。

横峯は今季、1年限りの米ツアー挑戦を宣言、やっとスタートすることが出来ましたが、1年限定だろうがなかろうが「お客さん」の意識を捨て去った戦いを見せてほしいものです。

もちろん有村も、目先の不振に焦らず、腰を据えて取り組み、本来の切れ味の良いショットを復活させてもらいたいものですね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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