如月(きさらぎ)に思い出す“あの頃”

節分(2月3日)が過ぎ、立春(同4日)も過ぎ、暦の上で・・・とはいいながら、人とは何とも勝手なもので、一向に暖かさの気配がない日々に、あの夏の暑さを懐かしみもします。

そんなこの寒い季節、ふと思い出されるのが“あの頃”の出来ごとでした。

週末になると、近くのお医者さんの家に隣近所、顔なじみの面々が集まりました。私が小学生だった1950年代のことです。

1953年(昭28)2月1日、公開実験を重ねていたNHKが日本で初めて、テレビの本放送を開始します。ちなみにこの歴史的な日は「テレビ放送記念日」とされています。

お医者さんの家に集まったのは、ここにはテレビがあり、その珍しさとともに、番組のお目当ては、プロレス中継でした。

日本のテレビ史をひもとくと、NHKに続き、同年8月に日本テレビ(NTV)が民間放送第1号として開局、同局は関東エリア全域に「街頭テレビ」を設置して、その存在をアピールした、とありました。

確かにそのころ、テレビを所有する家庭は少なく、街頭を含めて電気店の店頭など、テレビのあるところ人が集まってい
た、という記憶を残しています。

そして、その目玉が「プロレス中継」であり、1954年(昭29)2月19日から3日間、東京・蔵前国技館で行われた力道山・木村政彦組が米国のシャープ兄弟と戦うタッグマッチをNHKテレビと日本テレビが中継して爆発的な人気を呼びました。

「20世紀~100年物語」(毎日新聞社刊)は、その日の出来ごとをこう記述しています。

〈(略)この試合、NHKが第1日を、日本テレビが3日間連続して中継放送し、東京・有楽町の日本劇場前に設置された27インチの街頭テレビの画面には、1万人近くがクギ付けとなった〉

また-。

〈(略)街頭テレビは、一般の人がテレビというものをほとんど知らなかった1953年に、テレビの本放送開始とともに登場した。その数278台。当時、テレビのある家庭は、日本中でわずか3500世帯だった〉

私自身も、数少なかった家庭のテレビ-お医者さんの家のテレビの前で、黒タイツ姿の力道山が、我慢に我慢を重ね、最後は伝家の宝刀の空手チョップでシャープ兄弟を撃退する勇姿に声を上げ、手を叩いていましたし、力道山と木村政彦の2人が、やがて凄絶な戦いで日本一を争うことになったときの戦慄も、テレビによってまだ、記憶の片隅に残っています。

プロスポーツとしてのプロレス興行やそこで活躍した力道山は、間違いなくテレビがつくり出したヒーローであり、また、そのヒーローも草創期のテレビ普及という大きなテーマを背負った宣伝マンでもあったでしょうか。

そして今、観るべきものが本当に少なくなったテレビの番組を思うにつけ、20世紀の100年史に刻まれる「街頭テレビの熱狂」を懐古してしまうのです・・・。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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