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宮里美香の優勝に“還元”を見た

先に終了したJLPGAツアーの今季メジャー第3戦「日本女子オープン」(10月3日最終日=茨城・大利根CC)での宮里美香(20=フリー)の優勝にジ~ンときました。もちろん米国での苦労を国内最高峰のメジャー優勝(プロ転向後、初優勝)で実らせた宮里の感涙にも胸を打たれましたが、その一方、この優勝に“還元”を感じたからです。

「藍」と並んで「美香」が“もう一人の宮里”と脚光を浴びたのは04年6月、初出場した日本女子アマ選手権で14歳8カ月の史上最年少優勝を飾ったときでした。当時、沖縄・松島中学の3年生。その後のプロの試合でも優勝争いにからむなど、藍ちゃん効果でめきめき頭角を現した、このスーパー中学生にJLPGA(日本女子プロゴルフ協会=樋口久子会長)が“将来の逸材”と目を細めるのは当然のことでした。

中学卒業後の進路はどうするのか。琉球GCでずっと練習を積んでいた宮里は、その環境を最優先させて地元の興南高に進みます。が、見守るJLPGA側は、宮里がもし、プロの大会で優勝すれば「満18歳以上」というプロ規定の枠に当てはめない特例も検討することも明らかにしていました。

日本を飛び越したプロ転向

高校卒業後に当然、日本のプロテストを受けることを考えていた宮里に心境の変化が起きたのは、08年4月のUSLPGAツアー「ギン・オープン」(米フロリダ州)で参戦1年目の曾雅妮(台湾)がオチョアと優勝争いする姿(曾は2位)を見たときだといいます。刺激を受け、世界を舞台に戦いたい気持ちは日に日に増し、同年秋の米女子ツアー予選会にチャレンジ、合格して09年からのUSLPGAツアー出場権を獲得したことにより、プロ転向は、日本を飛び越してのものとなりました。

日本人選手が米国に常駐してツアーに出場するという形は、岡本綾子が最初にチャレンジしましたが、当時の国内ツアーは大会を支えるスポンサー筋との兼ね合いもあり、国内の逸材が海外に流出することをイヤがりました。自分の意志を通すためにある意味、強行突破面もあった岡本ですが、結果的には1987年に米女子ツアーの賞金女王の座を獲得するなどの活躍を演じ、日本女子ツアーの評価を高めるという“還元”で恩返しをしています。

宮里が単身、米国に飛び出したとき、JLPGA・樋口会長は、包容力を見せ、こう言いました。

「快く送り出したいと思います。彼女が活躍すれば、長い目で見て、それはそのまま、こちらにも返ってくることですから・・・」

米国での優勝は“あと一息”のところまで来ている宮里ですが、今回の日本女子オープン優勝には、米国で重ねた苦労、それを背景とした技術面の向上、精神面の成長、などが見られたものになりました。そこに宮里の“還元”が感じられます。

藍ちゃんとともに「W宮里」のこれからの活躍が楽しみになりました。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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