ボクシング人生を懸けた大一番

日本人プロボクサーにとって「3階級制覇」という出来ごとが、にわかに身近なものになってきました。

先に行われたプロボクシングWBA世界フライ級タイトルマッチ(4月22日=大阪府立体育会館)で井岡一翔(26=井岡)が、というより叔父にあたる井岡弘樹氏の現役時代を含めた“井岡家の悲願”が、やっと達成されたことの影響からです。

日本人選手の3階級制覇は、成し遂げた井岡以前、ファイティング原田氏ら6人がチャレンジしてきましたが、成功したのは亀田興毅だけと鬼門になっていました。
(注=日本のジム所属選手では、帝拳のホルヘ・リナレスが達成しています)

それが井岡で盛り上がり、それを受けて、次は“オレの番!”と粟生(あおう)隆寛(31=帝拳)が意気込んでいます。

WBO世界ライト級2位の粟生は、5月1日(日本時間同2日)に米ネバダ州ラスベガスで、空位となった同級王座を同級5位のライムンド・ベルトラン(33=メキシコ)と争うことになりました。

プロボクシングの世界というのは、本当に厳しいものです。

高校(千葉・習志野高)時代に獲得した、史上初のアマ6冠の勲章を引っさげて、卒業と同時に帝拳入りした粟生が、念願の世界王座を奪取したのが、プロデビューから6年目の2009年3月のことでした。

王者オスカー・ラリオス(メキシコ)を判定で下しての戴冠-。

〈かわす〉〈さばく〉は禁物!

そのタイトルをわずか4カ月後、09年7月の初防衛戦時に手放し(エリオ・ロハス=ドミニカ共和国=に判定負け)10年11月にWBC世界スーパーフェザー級王座を獲得して2階級制覇を達成しても12年10月、4度目の防衛戦で敗れ、再び無冠となってしまいます。

そこから2年半の我慢と忍耐・・・年齢も28歳から、この4月6日に誕生日を迎えて31歳になってしまいました。

やっと巡ってきた今回の3階級制覇への機会を、粟生自身が「負けたら終わり。ボクシング人生を懸けた勝負」と位置づけるのも、やむを得ないことでしょう。

粟生の試合を観(み)ていて気づくことは、勝負どころで出てきた相手を〈かわす〉〈さばく〉ことにより、逆につけ込まれて窮地に立ってしまう“もどかしさ”でした。

高校時代にアマ6冠を成し遂げた選手なのですから、アマとしての技術は卓越したものがあるのでしょうし、さらに粟生には、大きな武器となるスピードがありました。

が、惜しむべきは、プロの試合に欠かせない、くっつかれてもみ合いとなったとき、負けじと前に出るハートの強さの欠如です。

押し込まれて〈かわす〉あるいは〈さばく〉-これは、アマですぐれた選手の、身についた技量でしょう。しかし、プロの世界では、それがすべて役立つわけではありません。

相手のベルトランは、長い間、あのマニー・パッキャオ(フィリピン)のスパーリング・パートナーを務めていた苦労人、というキャリアが伝わっています。であれば、多彩なテクニックの持ち主であるとともにもみ合いも辞さず、が予想されます。

この勝負で粟生が、ともに苦しい中盤戦の胸突き八丁のときに〈かわす〉あるいは〈さばく〉ボクシングをしたら、これまでと同じとなってしまうでしょう。

勝負どころで前に出る勇気が持てたとき、その“ご褒美”として、3階級制覇は向こうからやって来てくれるかもしれません。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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