「そうまでしないと・・・」ですか?

5月31日夕、友人と食事をしながらの“嘆きの会話”です。

友人「さんざん注意を喚起しても、改善されないと、こうなるんだよな。情けない!」

私「まったくね。結局、何でも“お上”が罰則を設けなければ直せない、という公共マナーの欠如が情けないね」

友人「制度などをつくれば、なお悪くなる傾向を含めてね~」

6月1日、全国で一斉にスタートした、危険運転を繰り返した自転車の運転者に対して安全講習を義務付ける、という新制度です。

この制度は、14歳以上の自転車運転者を対象に「信号無視」「酒酔い運転」「ブレーキ不良車の運転」など14項目を「危険行為」とし〈3年以内に2回以上摘発された運転者〉に対して安全運転の講習(受講料5700円)を科すものです。

自転車に対する認識は、かつて(私たちが子供のころ)あくまで“歩行の延長線上”といったところにありました。

つまり、ちょいとそこまで、歩くよりちょっと早い、便利な乗り物-。

だから、特別に走行のルールやマナーなどを学んだこともなく、自転車は〈道路交通法上の“車両(軽車両)”〉なのだから、車道を走ることが原則、などのことも、深く考えることもなく、むしろ、車道は車のジャマ、もともと日本の道路は、自転車が走る構造になっていないのだから、歩行者とともに歩道を使うことが正解、などと考えていたように思います。

危険運転者への講習義務付け

そうして無頓着に乗っていた自転車でも、乗り手は皆、ルールを自然に身につけていました。

現在の〈自転車安全利用5則〉にある、自転車は車道走行が原則、は別にして、他の4則、歩道は歩行者優先、などの規則は、例えば、歩道が混雑していれば、降りて押して歩く、などのことは、乗り手の常識としてあったと思います。

歩行者とともに共存していた自転車の秩序が乱れ、歩行者にとっても車にとっても、自転車がジャマもの扱いされ始めたのは、車の交通量が増加したこと、さらに通勤圏内の郊外に居住する人々が増え、それに伴って最寄りの駅までの自転車通勤も増え、駐輪場の少なさ、狭さもあって、外にまであふれ出すなどのことが自転車公害として取り沙汰されるようになったこと、などが要因になっていると思います。

今、流行(はや)りのスポーツサイクルによる車道の疾走も、私が以前、夢中になっていた頃(ン十年前でした)は、その数も少なかったものですが、昨今の多さには目を見張るものがあり、ロードレーサーで走っていると、ときとして赤信号でのストップがわずらわしいこともあり、そこに危険性、車や歩行者との確執が生じてしまいます。

従って今、かつての自転車への認識を方向転換~危険性のない乗り物から凶器にもなり得る乗り物へ~しなくてはならないところまできてしまったのでしよう。

私が、こうした事態を“嫌だなァ”と思うのは、例えば、神奈川県が全国に先駆けて条例化(2012年4月施行)した「受動喫煙防止条例」など、個人の公共意識によって防げるものを〈条例化によって上から抑えなければならない〉ことに対してです。

自転車の危険走行にしても、自転車に罪があるわけではなく、それはあくまで運転者の意識によって防げることでしょう。

相変わらず減ることのないスマホの“ながら歩き”にしても、それが近い将来、ぶつかったり、駅のホームから落ちたり、危険だからという理由で禁止が条例化されたとしたら、これはもう、人って何? そうまでしないと・・・情けない! としか言いようがないと思いますがどうでしょうか。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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