「中京の怪物」がやってのけたこと

古ぼけた私の取材ノートに新聞の切り抜きが貼られています。

1987年(昭62)2月24日付スポニチ本紙の私の記事-。

プロボクシング日本ジュニアバンタム級(当時=現スーパーバンタム級)タイトルマッチで19歳の畑中清詞(松田)が、王者の丸尾忠(ワールドスポーツ)を3回KOに下し、新王者になった試合です。

その書き出しはこうでした。

〈強烈な左フックだった。丸尾は、およそ4メートルは吹っ飛んだろうか。3回2分過ぎ、畑中が3度目のダウンを奪って勝負はついた。(略)〉

まあ、それほど凄味のある畑中のパンチだったのでしょうが、結構、派手な表現の記事を書いていたものだなァ、などとちょっと赤面、照れくさい感じですね~。

それはさておき、そんな畑中が1991年(平3)2月3日、王者ペドロ・デシマ(アルゼンチン)を8回TKOに下してWBC世界ジュニアバンタム級王座を獲得したのは、中学まで取り組んでいた“原点である空手”(中学2年時にボクシングに転向)で培ったパンチの威力によるものが大きかった、といえたでしょうか。

現役を引退し今、愛知・名古屋市の「畑中ジム」で会長を務め、夢を懸ける新戦力の発掘に際しての視点は、やはり、自らがやってきた道が基準となるのかもしれません。

プロデビューからわずか5戦目。国内最速記録で世界王者となった田中恒成(19=畑中)の原点は、畑中同様、幼稚園時から始めた空手(小学5年時にボクシングも始める)でした。

驚くばかり! 平成生まれの偉業達成

5月30日午後、WBO世界ミニマム級1位フリアン・イエドラス(メキシコ)vs同級2位・田中のWBO世界同級王座決定戦が愛知・パークアリーナ小牧で行われました。(試合はTBSテレビが同日午後4時から放送

中部地区のボクサーとあって、田中がどんなボクシングをするのか、あまり具体的な情報が手元にありません。知っていることは、中京高時代に国体、高校総体などに優勝し高校4冠に輝いたこと、プロデビュー戦、第2戦でともに世界ランカーを破ったこと、第4戦の日本最短記録で東洋太平洋ミニマム級王座を獲得したこと、などデータ的なものだけでした。

とあってこの世界戦、田中がどんな戦い方をするのか、どんなスタイルなのか、さまざまな面で注目を集めました。

強打者のイエドラスは、ガードを高く、しっかりと固めて前進、接近戦の打ち合いを挑んできます。

田中は出だし、これに付き合わず、スピード感あふれる左をリードブローに距離を保ち、手数を出して上手い戦い方をしていました。

フ~ン、とてもこれがプロ5戦目とは思えない、落ち着いた対応だなァ、と観ていましたが、中盤から、イエドラスの強引に出て何が何でも打ち合う戦法に巻き込まれ、もみ合いの勝負になってハラハラの展開となりました。

この接近戦で細かいパンチを受けて劣勢を余儀なくされるなど“大丈夫かな?”と不安な場面もありましたが、終盤を迎えてまた、動き始め、いいズムの攻防が戻りました。

判定勝負のジャッジは、1人が115-113、私もだいたい、こんなところでしたが、他の2人は117-111と大差をつけ、終わってみれば、田中の完勝となりました。

それにしても・・・です。また1人、平成生まれが偉業を達成させた! という安易な言葉では済まされない何か、それが何なのかは分かりませんが、彼らは何を持っているのだろうか? と考え込んでしまいます。

プロ6戦目で世界を奪取した井上尚弥(大橋)にしても、これ以上の最短はもうないだろう、と思っていたのに簡単に更新してしまう田中にしても、プロ5戦目、6戦目などというのは、まだ様子見、というのが一般的でしょう。

それが世界を獲ってしまうのですから、これは本当にもう「中京の怪物」の仕業としか思えず、ただただ驚かされてしまいます。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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