「光明寺」~潮の香が漂う静寂の境内~

オオッ! と思わず唸(うな)ってしまうような、堂々たる山門をくぐると、広々とした境内は、市街地の喧騒を遮断し、静寂の中に潮の香を漂わせていました。

鎌倉散策シリーズの第4弾は、材木座海岸に近い「光明寺」(神奈川・鎌倉市材木座)に焦点を当ててみました。

鎌倉市は、南に相模湾を臨み、三方を山に囲まれた“要塞”のような形状ですが、鎌倉の寺といえば、北鎌倉周辺の建長寺、円覚寺、浄智寺など「五山」に代表されるように、概して「山」側に位置しています。

が、この光明寺は「海」側に位置しています。さらに鎌倉市と隣接する逗子市にも近い立地です。そんなところに・・・と興味を持ち、鎌倉好きのいつもの友人たちと足を運びました。

私たちの鎌倉散策は、基本“歩け歩け!”です。従って目指す光明寺、江ノ島電鉄(通称=江ノ電)に乗って鎌倉に向かい、鎌倉駅からひと駅手前の「和田塚」駅で下車。そこから“歩け歩け!”となりました。

さて、和田塚駅で降り、目の前の踏切を渡って左への道は、由比ヶ浜大通りの六地蔵交差点方面に向かいます。そちらではなく、右への道を由比ヶ浜海岸に向かって歩き、途中で左折して前進、若宮大路の交差点を渡り、材木座海岸を右方向に見ながら滑川を越え、せっせと歩くと「九品寺」前のバス停があり、ここにある「九品寺」(神奈川・鎌倉市材木座)に休憩がてら立ち寄りました。

このあたりは、海岸近くとあって時折り、波の音なども聞こえ、やはり、山側とは雰囲気を違えた、解放感のようなものが感じられました。

もう一度行きたい・・・と言わせる魅力

九品寺を出た後、近くを歩いていた地元のご婦人に光明寺への道を聞くと、ほとんど道なりに約10分くらい、とのことで無事、目的地に到着しました。

いやいや、この寺は凄いですね~。さすが浄土宗大本山だけのことはあります。

冒頭に書いた壮大な山門、資料によると、鎌倉に現存する最大の山門、なのだそうですが、それを含めて、くぐった後に開ける境内の、落ち着き払った広さ、もまた、感動モノでした。

光明寺の創建は、鎌倉時代の寛元元年(1243年)、鎌倉幕府第四代執権・北条経時が、もともとは山側にあったものを、海側の現在の場所に移して開基した、とのことでしたが、正確なところは不明なのだそうです。

ああ、やはり・・・元は「山」側にあったのを、後に「海」側に移したのですね。しかも、移転の理由は「夢のお告げ」(保育社刊=鎌倉歴史散策)によるものだった、というから、いかにも“その当時”らしいですね。

昨今、鎌倉の寺は、概して拝観料の徴収が当たり前となってしまい、それがどこかスッキリしない印象を与えていますが、ここは拝観料なしで自由に見学できました。やはり、それが自然の形-といったところですね。

本堂に向かい、靴を脱いで上がり、廊下をぐるりと回った裏手から枯山水「三尊五祖の庭園」を観ることが出来ました。

「三尊五祖」とは、仏さまや光明寺の開山に携わった法然の孫弟子・然阿(ねんあ)良忠らの高僧たちを言うのだそうですが、庭園を見ていてなぜか、ホッと落ち着くような気持ちになってくるのは、ここが持つ雰囲気の良さのせいだったかもしれません。

皆、いいものを観たなァ、といった満足感!

とはいえ帰路は、鎌倉散策の後は、もうこれがなくては終わらない、とばかり、いつも通り、蕎麦店に入ってビールで乾杯! となったわけですが、鎌倉の良さにハマり気味の友人は、光明寺、いいねェ、またここに来たいね、とすっかり取りつかれてしまった様子でした。

それにしても・・・リピーターを呼び寄せる寺というのも、ちょっと凄いですね~。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

最新記事
カテゴリ
最新トラックバック
月別アーカイブ
最新コメント
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

アクセスランキング
ランクアップにご協力下さい
↓↓↓↓クリック↓↓↓↓
QRコード
QR