一線級選手の引退に思うこと

五輪の柔道男子60キロ級で3連覇を果たした野村忠宏(40=ミキハウス)が8月31日、大阪市内で会見を開き、現役引退を正式発表しました。

1974年(昭49)12月10日生まれの40歳。天理大4年時の1996年アトランタ五輪での金メダルを皮切りに2000年シドニー五輪、2004年アテネ五輪と五輪3連覇の偉業を達成。その間、1997年の世界選手権(パリ大会)でも金メダルを獲得しています。

ちなみに柔道界での五輪V3は、アジア人初の快挙です。

凄い戦績ですねェ。

野村は、8月29日の「全日本実業個人選手権」(兵庫・尼崎市=ベイコム総合体育館)を最後に現役生活に別れを告げました。ちなみにこの大会、得意の背負い投げでベスト16に進出、3回戦で敗退となりました。

試合後、取材に当たったスポニチ本紙の担当記者は、野村の「勝ち方も一本。負け方も一本。そういう人生だった。“よう頑張ったな”そういう言葉を(自分に)かけてあげてもいいかな」というコメントを伝え、本人の“悔いなし!”の胸中を報じていました。

30年を超える長い柔道人生を歩んだ野村の体は、さすがに長い現役生活のツケで〈ケガのない場所がない〉ほどに傷んでおり、引退を決断したのも「心の限界はないが、体の限界を感じた」でした。

「心の限界」と「体の限界」

過去、世界の最前線で活躍した多くの一線級アスリートたちが〈引き際〉という難題にぶち当たり、決断に至るまでの悩みに直面してきました。

体力の限界、気力の衰え、後進の台頭・・・さまざまな要素が一気にのしかかり、しかし、これらは、彼らにいつか必ず訪れる、避けては通れないことです。

プロボクシングの元世界王者・浜田剛史氏は、自らの経験を踏まえ、引退を決断するモノサシとなるのは「悔いを残しているかいないか、でしょうね」と言いました。

例えば、岐路に立つ選手が大事な試合に敗れ、その敗戦が力を出し切ったものなら「仕方ない」となり、出せなかった不満があるなら「もう一丁」となる、ということです。

帝拳ジム(本田明彦会長)のマネジャーとして長い間、多くのボクサーを見てきた長野ハルさんは「負けたとき、負けた理由が分かって、それが希望につながるなら再起するでしょうね。つながらなければ仕方ないでしょう」と言っていました。

しかし、この問題は、周囲がどう言おうと、最後は自分で下さなければならない決断です。それには、岐路に立って悩む自分を冷ややかに見つめられるもう一人の自分がいなければならないだろうし、また、まだやれるだろう、との未練を引きずる自分を、潔く始末する勇気がなければならないでしょう。

野村が口にした「心に限界はないが、体の限界を感じた」は、いかにも柔道家らしい〈引き際の美学〉を感じさせる言葉だなァ、と思いました。

現役を引退した野村が、次に待ち受ける活躍の舞台は、指導者としての力を発揮させる場でしょう。

2020年東京五輪に向けて、若い選手たちに“野村イズム”を浸透させてもらいたいものです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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