痛みを“超える”ということは・・・

私自身のことです。

風呂場で低い椅子に座って体を曲げたとき、腰にピピッと来たのは今夏8月中旬のことでした。

このテの腰痛は、以前からときどきあり、4~5日の我慢で治っていたものですから、今回も“その程度のもの”との認識でした。

案の定、その腰痛は、一週間程度で痛みが消えました。が、以前と違っていたのは、次に背中が痛み始めたのです。あれれっ? といった異変。そして・・・8月下旬に再び、腰痛が起こりました。

いつもと何かちょっと違うな? と違和感を覚えているうちに9月中旬、今度は左足痛が勃発しました。左臀部から左大腿部、そして左ひざの痛み-臀部から大腿部にかけては、しびれをともなう重苦しい鈍痛、対照的にひざは、裏側に焼けるような鋭い痛みです。

ひたすら我慢を決め込みましたが、少しも良くならず、左足は以前に下肢動脈閉鎖で手術を受けており、不安がつのったため、医師に見てもらうことにしました。

痛む割に歩行はOKなどの状態を告げると、医者はさすがですね、即座に「坐骨神経痛では?」と言い、腰のレントゲンを撮ったところ、腰椎の何番目かを中心に歪んでいることを指摘され、それが原因だろう、ということになりました。

が、治療法はなく、痛み止めを服用しつつ安静に・・・と、痛みを緩和する対症療法で様子見を指示されました。

私自身は初めて体験するこの種の痛みでしたが、結構つらいものですね~。何しろ一番楽なのは、立っている状態、座るとき、柔らかいクッションの椅子はダメ、横になっても仰向けはいいが横向きはダメ、と相当な制限つきです。

特に夜寝るときは、そろりそろりと慎重に体を動かしながら、痛みが和らぐ位置で止め、それを意識するために熟睡などはとてもとても・・・の事態です。

「痛いのが普通」と思うこと

こうした体の痛みを考えるとき、私がいつも思い出すのは、プロボクサーの元世界王者・浜田剛史氏(帝拳プロモーション代表)の壮絶なエピソードです。

現役時代の浜田氏は、自身のパンチの強さのため、利き手の左拳を再三にわたって骨折し、加えて右ひざの半月板損傷で拳とひざの痛みに耐え続ける日々を余儀なくされていました。

この出来事を皆さんは、平然と受け止められるでしょうか。

浜田氏がレネ・アルレドンド(メキシコ)を下してWBC世界ジュニアウエルター級(当時=現・スーパーライト級)王座を奪取した1986年(昭61)7月24日の3カ月前、悪化した右ヒザを検査中に浜田氏は、痛みを起こしている部分を今、切除してほしい、と言い出したのです。

検査用の麻酔は当然、効いている時間が短く、時間がかかる手術となれば途中で切れてしまいます。

それを承知で浜田氏は手術を求め、途中で麻酔が切れる中、手術を行ってしまったのです。

これは、浜田剛史という剛腕ボクサーを語るうえで欠かせないエピソードとなっていますが、佐瀬稔著「挫折と栄光~ボクサー浜田剛史の生き方」(二見書房刊)の中にも、そのときの状況が描写されています。

〈日大板橋病院整形外科の医師、龍順之助の回想。「あとから追加した麻酔は、そんなに効くものではありません。相当の痛みがあったはずです。ところが彼は、やめてくれとも痛いとも言わなかった。苦痛をまったく表に出さなかったのです」(略)〉

現役を引退後も浜田氏の右ひざ痛は、既に慢性化しており、ゴルフなどをしていても痛むそうです。

が、浜田氏はこう言います。

〈私の体は常に痛いものと思っていますからね。そう思えば、痛いのが普通でしょ〉

私もそう思ってみましたが・・・まあ、痛みはきつく、私のように日々、自分を甘やかしているものには、なかなか、そういうわけにはいかないものです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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