“浪速のジョー”の永遠の「なぜ」①
元WBC世界バンタム級王者の天才ボクサー・辰吉丈一郎(45)を描いた映画「ジョーのあした~辰吉丈一郎との20年~」がこのほど完成。2月27日から全国の劇場で順次、公開されることになりました。
引退を拒み、45歳となった今なお、現役を主張して練習に明け暮れる辰吉の、25歳から44歳までの20年間を追った、インタビューを軸にしたドキュメンタリーです。
製作に携わった阪本順治監督は、作品紹介の新聞記事の中で「引退まで4、5年と思って始めたが、辞めないので20年もたってしまった」と語り「彼に〈なぜ辞めないのか〉と問い続ける」ことを大きなテーマとしていました。
実は私も、古い話になりますが2002年11月、そのテーマで辰吉を取材、同年12月5日付のスポニチ本紙に記事を掲載しています。
次男の寿以輝(じゅいき=19)がプロボクサーとしてリングに上がる新しい時代になっても、なお、現役を続ける“浪速のジョー”の永遠の「なぜ?」を、当時の記事を回顧しつつ再考してみると-。
* * * *
ジョーはどこへ行こうとしているのだろうか。1999年8月の引退発表から約3年を経て、プロボクシング前WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎(32)が復帰する。自ら言う「わがまま」が波紋を巻き起こす中、辰吉は孤立無援のわが道を再び歩き始める。
「やりたいからやる。それだけのことや」
大阪帝拳ジムに辰吉を訪ねたのは11月下旬のことである。午後3時ごろには来るはずと聞かされていた辰吉が「ウッスと姿を現したのは、その時間をわずかに2分だけ過ぎたときだ。かつては“辰吉タイム”というのがあり、午後3時なら「だいたい3時くらい」であることは、番記者心得の一つでさえあったのに・・・。
若い選手に「お前ら、甘い。苦労が足らんのよ。この世界、ランクが上がれば上がるほど、苦しい道が待ってるものなんや」など“辰吉節”の訓示を垂れながらバンデージを巻き終えてシャドーを開始する。練習で金が取れるとまで言われた男のシャドーは、相変わらず華麗でカッコ良かったが、その中でスピードの衰えが気にかかり、2Rのスパーに移ってから、それにバランスの危うさが加わった。
練習の疲労と減量のピークが重なるこの時期、体調が万全でないのは承知のことだ。水口恵司トレーナー(27)は「苦しい時期。それに長いブランクがあったことを考えれば、それでさえこれだけできる、というほうを優先させたい」と言ったが「つながってきてはいるが、今は頭の中に浮かべるイメージに体がついていかないもどかしさがあることは確かでしょうね」と辰吉の胸中を代弁した。
話の糸口として最初に聞いた「体調は?」に「そんなんやめましょ。ありきたりのことは聞かれてもしゃべる気にならん」と口をとがらせた辰吉は自ら、復帰についての核心を話し始めた。
「(ボクシングへの)情熱とか愛情とかそんなんとはちゃう。やりたいからやる。それだけのことや。ボクの考えでは、自分がやろうとしたことは、そうなって当たり前なんやから、試合が決まっても、ついにとかやっととかということは、他人はそう思ってもボクには全然ないんやね。当たり前のことなんやから」。それを辰吉は「うぬぼれに近い自信がないとできない。要するにわがままです」と言った。
その「わがまま」は、当然のように取り巻く周囲に大きな影響を及ぼすことになる。
〈次回②に続く〉
引退を拒み、45歳となった今なお、現役を主張して練習に明け暮れる辰吉の、25歳から44歳までの20年間を追った、インタビューを軸にしたドキュメンタリーです。
製作に携わった阪本順治監督は、作品紹介の新聞記事の中で「引退まで4、5年と思って始めたが、辞めないので20年もたってしまった」と語り「彼に〈なぜ辞めないのか〉と問い続ける」ことを大きなテーマとしていました。
実は私も、古い話になりますが2002年11月、そのテーマで辰吉を取材、同年12月5日付のスポニチ本紙に記事を掲載しています。
次男の寿以輝(じゅいき=19)がプロボクサーとしてリングに上がる新しい時代になっても、なお、現役を続ける“浪速のジョー”の永遠の「なぜ?」を、当時の記事を回顧しつつ再考してみると-。
* * * *
ジョーはどこへ行こうとしているのだろうか。1999年8月の引退発表から約3年を経て、プロボクシング前WBC世界バンタム級王者・辰吉丈一郎(32)が復帰する。自ら言う「わがまま」が波紋を巻き起こす中、辰吉は孤立無援のわが道を再び歩き始める。
「やりたいからやる。それだけのことや」
大阪帝拳ジムに辰吉を訪ねたのは11月下旬のことである。午後3時ごろには来るはずと聞かされていた辰吉が「ウッスと姿を現したのは、その時間をわずかに2分だけ過ぎたときだ。かつては“辰吉タイム”というのがあり、午後3時なら「だいたい3時くらい」であることは、番記者心得の一つでさえあったのに・・・。
若い選手に「お前ら、甘い。苦労が足らんのよ。この世界、ランクが上がれば上がるほど、苦しい道が待ってるものなんや」など“辰吉節”の訓示を垂れながらバンデージを巻き終えてシャドーを開始する。練習で金が取れるとまで言われた男のシャドーは、相変わらず華麗でカッコ良かったが、その中でスピードの衰えが気にかかり、2Rのスパーに移ってから、それにバランスの危うさが加わった。
練習の疲労と減量のピークが重なるこの時期、体調が万全でないのは承知のことだ。水口恵司トレーナー(27)は「苦しい時期。それに長いブランクがあったことを考えれば、それでさえこれだけできる、というほうを優先させたい」と言ったが「つながってきてはいるが、今は頭の中に浮かべるイメージに体がついていかないもどかしさがあることは確かでしょうね」と辰吉の胸中を代弁した。
話の糸口として最初に聞いた「体調は?」に「そんなんやめましょ。ありきたりのことは聞かれてもしゃべる気にならん」と口をとがらせた辰吉は自ら、復帰についての核心を話し始めた。
「(ボクシングへの)情熱とか愛情とかそんなんとはちゃう。やりたいからやる。それだけのことや。ボクの考えでは、自分がやろうとしたことは、そうなって当たり前なんやから、試合が決まっても、ついにとかやっととかということは、他人はそう思ってもボクには全然ないんやね。当たり前のことなんやから」。それを辰吉は「うぬぼれに近い自信がないとできない。要するにわがままです」と言った。
その「わがまま」は、当然のように取り巻く周囲に大きな影響を及ぼすことになる。
〈次回②に続く〉
スポンサーサイト