節目に思う「防災対策」の大切さ

信じられない出来ごととなった“あの日”から、この3月11日で5年が経ちます。

2011年3月11日午後2時46分-。マグニチュード「9・0」の巨大地震発生、破壊的な大津波に襲われた東日本大震災の“あの日”から、です。

1カ月、1年、3年・・・そして5年-。

5年が“まだ”なのか“もう”なのかは、立場によってそれぞれ違うことと思いますが、節目のときを迎えるたぴに〈風化させないために〉が叫ばれ、特に5年を迎える今、新聞・テレビなどでは、遅々としてはかどらない復興状況を伝える特集を組み、私たちに伝えてくれています。

そこでの訴えは、ことごとく“もう(5年も経つのに)”のトーンが流れています。

そうした新聞記事を読み、テレビ番組を視聴するたびに、つくづく思うことは、災害に対する日常からの備えをどれだけ認識しているだろうか、ということです。

東日本大震災は、原発を破壊した津波の規模を含めて、すべてが“想定外”の出来ごととなり、人々は以降、何がどう起きようと、それらはすべて“想定内”と捉えるよう、方向転換を余儀なくされました。

東日本大震災が、発生当時〈100年に1度〉などと言われても、では次は、この規模の地震発生は100年後、などという構え方は、既に私たちの中にはないことと思います。

“サバイバル術”修得の必要性も

なぜなら、この規模の地震が、いつ起きようと、それが明日でも明後日でも〈想定内〉のことという意識が、東日本大震災によって教えられているから、といえるでしょうか。

事実、南海トラフ、相模トラフの地震、さらに首都直下地震などは、いつ起きても〈想定内〉の出来ごととして要警戒が伝えられています。

そうした中、発生に対する備え方を個人的にはどう認識したらいいのか、ということが大事なこととなってきます。

地震はいつ、どこで起きるかはわからず、そうしたことへの備えは、ともすれば“三日坊主”的に消え去りがちとなってしまいます。

実際、私も非常時持ち出し用のバックパックを用意して部屋の片隅においてあり、その中に思いついたものを入れるようにしています。

非常時持ち出し用バッグについては、日々進化したものが市販されてもいるようですが、しかし、一般的に言われる、例えば3~4日分の水や食料を備蓄しておくこと、さらに医薬品や衣料なども、には、どうでしょうか、どれだけ大きい容量のバッグを用意すればいいことか、それを持って迅速に避難することが出来るのか、と「?」の気持ちになってしまいます。

さらに非常食を用意しても、賞味期限との兼ね合いは? その都度、交換するの? のわずらわしさもあります。

もちろん、そうした物品的な備蓄は、ないよりあったほうがいいでしょう。が、私が最近思うことは、モノに頼ることよりも、よく言われる〈3日間72時間〉を自力で乗り切る“サバイバル術”を身につけることのほうが大切のような気がします。

そうした教育-例えば、夏休みを利用して少年たちを自衛隊で訓練させる、などの教育を、いつ大規模災害が発生するかわからない昨今、防災対策として行うことが、より実戦的のような気がしますが、どうでしょうか。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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