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懐古から継承、そして進化へ

うるわしき 桜貝ひとつ
  去りゆける 君に捧げむ
この貝は 昨年(こぞ)の浜辺に
  われひとり 拾いし貝よ
                 (さくら貝の歌 昭和24年発表)

特別ゲストに招かれた女優・倍賞千恵子さんの、憂いに満ちた声が会場いっぱいに広がりました。11月5日午後、鎌倉芸術館大ホール(神奈川・鎌倉市大船)で開かれた「八洲秀章没後25年記念コンサート~さくら貝の歌によせて~」のひとコマです。

(八洲氏の業績を偲び多くの人たちが足を運んだ)
八洲秀章没後25年①

八洲(やしま)秀章氏は1915年(大正4年)6月2日、北海道虻田郡に生まれ、21歳で上京後は、1985年(昭和60年)に亡くなるまで(享年70)鎌倉に住み、その地をこよなく愛し続けた作曲家です。

現在、ミュージカル俳優として活躍するご子息(次男)の沢木順さんとは、藤沢市内(神奈川県)の行きつけの居酒店で顔見知りということもあり、友人とこのコンサートに出かけました。

会場の「鎌倉芸術館」はJR大船駅の東口から徒歩約10分のところに建つ多目的ホールです。隣接する鎌倉女子大学大船キャンパスは、00年6月30日に64年の歴史に幕を閉じた映画スタジオ「松竹大船撮影所」の跡地に建てられたものです。

「鎌倉芸術館」の前には「浅野屋」という蕎麦(そば)店があります。聞けば創業が大正11年の古きからなのだそうで、このお蕎麦屋さんは、いつも忙しげに動く映画人たちのお腹を満たしつつ、1936年に東京・蒲田から移転してきた「松竹大船撮影所」の浮沈を終始、目の当たりにしてきたのでしょう。

寅さんの「男はつらいよ」シリーズがここで撮影されたこともあり、壇上の倍賞さんが、この地を懐かしみ、とともに早めに大船に着いたとのことで、ここも懐かしい「浅野屋」に入り、天ぷらそばを食べてきたことが披露されました。コンサートの開演が午後2時。倍賞さんの出番が終盤の午後4時近くだったこともあり、この話を聞いて私のお腹は“グーッ”と鳴りましたが、それは会場を埋めた人々も同じだったのかもしれません。帰り道の「浅野屋」は満員の盛況ぶりで、天ぷらそばの注文が多かったのも、どこかおかしく、微笑ましい出来ごとでした。

もしかして倍賞さん、浅野屋から昔のよしみで頼まれたのでは?

(心にしみる叙情歌に感じる存在感の大きさ)
八洲秀章没後25年②

「さくら貝の歌」は鎌倉・由比ヶ浜の海辺に打ち上げられたさくら貝を歌ったものですが、背景に八洲氏自身の初恋の人との死別があったとも語り継がれており、その叙情は年月を経ても胸中にしみ渡るものがあります。私たちが高校時代に自然に口ずさんでいた「あざみの歌」(昭和24年発表)「山のけむり」(昭和26年発表)なども、今なお、存在感の大きさを感じる作詞であり、作曲だなァ、とつくづく感じます。

とともに父・八洲秀章氏の“静”に対して現在、ソロ・ミュージカルという新ジャンルにチャレンジしているご子息の沢木順氏の“動”と、対照的な音楽活動が興味を引きます。父親が築き、遺(のこ)した偉大な業績を、ご子息たちはどんな形で受け継いでいくのでしょうか。ちなみに長女の松村美和子さんは声楽家として活躍しています。

没後25年を記念したこの日、昔を懐古、そこから継承が始まり、そして進化へ・・・。その推移を見守りたいものです。

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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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