改めて思う震災への覚悟

4月14日午後9時過ぎ-。

自宅で遅い夕食を済ませた後、テレビの前に陣取り、ノンビリと刑事もののドラマを見ていたところ、その画面にテロップが流れました。

〈熊本で震度7の地震発生!〉

直後にテレビ各局は、一斉に放送中の番組を中止、緊急体制に入り、地震情報に切り替えられます。

同日午後9時26分頃、熊本県益城(ましき)町で「震度7」を観測した、その規模「マグニチュード6・5」の地震は、九州中部を中心に西日本の広い範囲で強い揺れを観測した、との速報・・・。

日本国内で「震度7」を観測したのは、2011年3月11日発生の東日本大震災以来のことで九州では初めて、ということに、もはや“安全地帯”はない、無差別に突然、襲いかかる震災の怖さを感じました。

一夜が明けて4月15日朝、テレビ各局の続報により、痛々しい状況が次第に明らかになっていきます。家屋の崩壊や屋根瓦が道路に散乱する益城町内。県警からは、同町内で9人の死亡、熊本市内で860人のケガ人が確認されたことを発表。また熊本中心部にそびえる熊本城も、石垣や屋根瓦の崩壊が画面に映し出されていました。

備えが必要なのは阿蘇山の噴火のほうと・・・

避難中の年配の主婦が、テレビのインタビューに答えていました。

〈ひどい。こんなことが世の中に起こるなんて考えられません。怖い。不安です〉

5年前の3・11以降、私たちは“次”に向けて「絶対にない」より「絶対にある」のほうを真剣に感じ取り、それなりの準備の必要性を学んだはずでした。

が、やはり、我が身に降りかからなければ、それはいつまでも“想定外”の出来事としての範囲にあるのかもしれません。

実際、私にしても、準備を心がけつつも、寝転がってテレビを見ているときに震災に急襲されたら、どう行動するだろうか、いうことに対して確固としたものがありません。

やはり、着の身着のまま、とりあえず避難、が精いっぱいかもしれません。

東日本大震災から5年を経た今年3月11日、次への備えが改めてさまざまな角度から検討されました。

例えば将来、東京都心南部を震源とする「首都直下地震」が発生したとき、被災自治体の要請を待たずに救助部隊を送り込む「プッシュ型支援」の実施など〈最悪を想定内〉とする緊急事態への対応策です。

ちなみに「首都直下地震」は、東京都、埼玉、千葉、神奈川各県の首都圏直下を震源とする直下型地震。関東地方南部でマグニチュード「7」級の地震が発生する確率は〈30年間に70%〉と予測されています。

今回の地震は、気象庁によって「平成28年熊本地震」と命名され、4月15日午前も依然、余震が続き、それは一週間ほど続くだろう、としばらくは危険な情勢にあることが伝えられています。

被災地の一主婦が語った「熊本市は地震が少ないうえ、地盤が固く安全だといわれていたのに・・・。備えが必要と思っていたのは阿蘇山の噴火のほう」という言葉が一般紙朝刊に掲載されていました。

いつ起こるか分からないものへの備えは、難しいものですが、こと震災に関しては、必ず起こる、それは明日にも・・・という緊張感が必要なのかもしれませんね。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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