強風下に吹き荒れた“Haru”旋風 

“春”爛漫! です。

・・・といっても、こちらの“春”は“敏(はる)”のほう-。

そうです。「Haru Nomura」の野村敏京(23=フリー)が、今季2勝目の朗報を米国から届けてくれました。

USLPGAツアー「スウィンギングスカート・クラシック」(米カリフォルニア州デリーシティー=レークマセドGC)最終日(4月24日=日本時間同25日)の快挙です。
熱戦の模様は4月25日午前、WOWOWが生中継

第3日を終えて、野村は通算10アンダーで単独トップ。後続に3打差をつけて最終日をスタートさせました。

コースには前日に続き、強風が吹きつけ、気象状況は、晴、13~16メートルの風、と表示されます。この風によってグリーンは乾いて硬く、選手にとっては難しい条件。試合を中継するWOWOWの解説を務める小田美岐プロが「我慢比べになりますね」と指摘した通りの展開となりました。

野村も、3番(パー3)でバーディーを先行させましたが、4番(パー4)でボギー。6番(パー5)でバーディーを奪ったものの、7番(パー4)から3連続ボギーを叩き、一転、苦境に立たされます。

前半アウトを終えて通算8アンダー。この段階でジェリナ・ピラー(米国)に1打差、チェ・ナヨン(韓国)にも2打差に迫られ、安心できない情勢となってしまいました。

しかし、今週は“野村の週”だったのでしょう。コースには強い風が吹いていても、野村の中には、心地よい風が吹いていたようです。11番(パー4)でボギーを叩いた後の12番(パー3)。第1打はオンしたものの、ピン上約20メートルの難しいパット。スライスで途中から微妙に下るこのロングパットを野村は沈めてしまいます。

我慢比べを制した2勝目

ホールアウト後の野村は、3連続ボギーを叩いた悪い流れを「私だけでなく皆、苦しんでいたし・・・。まだホールが多く残っていたから・・・」と、プラス志向で落ち込まず、12番のロングパットについては「あっ、入っちゃった、という感じだったけど、これで優勝かな、と思った」と自分に吹くいい風を感じ取っていました。

終盤の展開は、このパットを機に野村が立ち直ったのとは対照的に、追う面々がボギーやダブルボギーを叩き崩れていきます。

強風のため出入りの激しいゴルフを強いられながらも、最後は通算9アンダーまで取り戻し、2位に4打差をつける優勝。今年2月に「ISPSハンダ女子オーストラリア・オープン」(オーストラリア・アデレード=グランジGC)で初優勝を飾ってから2カ月後の2勝目となりました。

ところで「初優勝への道」と「2勝目への道」は、どちらが難しいでしょうか。

ちなみに岡本綾子は、1982年2月、スポット参戦時に「アリゾナ・コパー・クラシック」で初優勝を飾り、その後、1983年から米国常駐での参戦となり、6月に「ロチェスター国際」で優勝、常駐後の2勝目(通算3勝目)は、翌1984年4月の「J&Bスコッチ・プロアマ」で挙げています。

また、2009年7月の「エビアン・マスターズ」で初優勝を飾った宮里藍の2勝目は、翌2010年2月の開幕戦「ホンダPTT・LPGAタイランド」でした。

岡本の10カ月後、宮里の7カ月後の2勝目。初優勝はガムシャラであっても、2勝目はいろいろと考える要素が加わってくる分、難しさが増します。

プロボクシングで王座奪取より初防衛戦のほうが難しいとされるのと同じでしょう。

野村は、2勝目をわずか2カ月後に達成。日本人の父親、韓国人の母親を持つ、郷心臓の国際派は、今季、まだまだ“Haru旋風”を米国に巻き起こしそうです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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