「楽しみたい」の裏にあるもの

やってくれましたね~。

リオ五輪の競泳男子400メートル個人メドレーで日本の萩野公介(21=東洋大)が優勝、瀬戸大也(22=JSS毛呂山)が3位、金と銅を獲得した快挙です。

同種目の決勝は、日本時間8月7日午前10時-。

私はレースを中継するテレビの画面を見ながら、周囲がそろって“ワン・ツー”の期待を懸け、太鼓判まで押す両選手の、五輪という大舞台に臨む気持ちはどんなものなのだろうか、と考えていました。

展開はこうでした。

〈バタフライ〉①瀬戸②萩野
〈背泳ぎ〉  ①萩野②瀬戸
〈平泳ぎ〉  ①萩野②ケイリシュ③瀬戸
〈自由形〉  ①萩野②ケイリシュ③瀬戸

平泳ぎを得意とするC・ケイリシュ(米国)が、ここの100メートルで瀬戸を抜き去り、最後の自由形で萩野を猛追しますが、萩野はしっかりとリードを保って逃げ切り、日本代表勢の金メダル獲得第1号の「重責」を果たしました。

「重責」という言葉を使いましたが、萩野がケイリシュの追い込みに敗れ、2人の結果が銀と銅だった場合と金メダルを獲得した場合とでは、日本代表勢に与える士気に大きな差が出ます。柔道勢の銅がそうですね。4年に1度の五輪の場で、代表選手たちは常に周囲の期待を含む、こうした重圧との戦いを多かれ少なかれ強いられてきました。

力を出し尽くす楽しみ方を!

そうしたプレッシャーから逃れ、日の丸を背負うのではなく、もっとノビノビと自分の戦いをしたっていいじゃないか、という思いもあり、昨今、代表選手たちから「楽しみたい」という言葉が多く聞かれるようになりました。

私の記憶では、この言葉を公に口にしたのは、1996年アトランタ五輪・競泳女子の千葉すずだったと思います。

その前の1992年バルセロナ五輪でメダルに届かなかった当時16歳の千葉は、同大会を振り返り「メダルを獲らないと評価されないような(周囲の)空気がプレッシャーとなり、目的を失ってしまった」と話しました。

だから、アトランタでは「とにかく楽しみたい」と思い、決勝レースに進めなくても「気持ちよく泳ぐことが出来た」とコメント。しかし、同五輪での競泳陣は、メダルなしに終わったこともあり、主将の立場にあった千葉の言葉には、少なからず違和感があり、反発されたものでした。

国際舞台でのナショナリズムにあって、競技を楽しみながら力を出し尽くす、というテーマは、欧米人と比較して、島国であっても農耕民族、鎖国政策など歴史的背景を持つ日本人にとって、最も苦手な部分なのではないかと思います。

プレッシャーに押しつぶされそうになり、悲壮感に襲われ、それから逃れたいために「楽しみたい」と自分に言い聞かせ、結果、思ったような勝負ができないまま敗退しても「楽しめた」と発言されては、期待を込めて応援する側にとっては、納得しがたいものが出てきてしまいます。

それが千葉の時代の、代表選手を取り巻く周辺にはあったのでしょうね。

優勝した萩野は、テレビ局のインタビューで、昨年の泳げなかった時期などを振り返り、感慨深そうな表情を見せていましたが、レースを「楽しんだ」という言葉は聞かれませんでした。

が、瀬戸が「疲れちゃいました」と言いながら、ニコニコと屈託のない笑顔を振りまいている姿などを見ていると、千葉がメダル至上主義に反発して「楽しみたい」と発言したのとは対照的に、日本人選手たちにも、あえて発言しなくても自然に、大勝負を楽しんでやろうじゃないか、という雰囲気が出てきているような気がします。

・・・であれば、まだ始まったばかりのリオ五輪での幸先のいいスタート、これから、楽しみながら力を出し尽くす選手たちがどんどん出てきそうで楽しみです。
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プロフィール

佐藤 彰雄

Author:佐藤 彰雄
◆生年月日 
1944年(昭19)8月生まれ
◆出身 
神奈川県
◆プロフィール
スポーツニッポン新聞社在職中は運動部記者として大相撲、野球、ゴルフ、ボクシング、格闘技などを幅広く取材・執筆。
現在はフリーの立場でボクシングを中心に取材活動を続けている。
ゴルフのマスターズなど海外取材経験も豊富。

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